コンドロイチン硫酸オリゴ糖
Chondroitin Sulfate Oligosaccharides
これまでの常識を覆し、難吸収性であるコンドロイチン硫酸を吸収性に変えた特許技術
論文
Mass preparation of oligosaccharides by the hydrolysis of chondroitin sulfate polysaccharides with a subcritical water microreaction system
Shuhei Yamada, Keiichiro Matsushima, Haruo Ura, Nobuyuki Miyamoto, Kazuyuki Sugahara
Carbohydrate Research, Volume 371, 2013, Pages 16–21, PMID: 23454651, DOI: 10.1016/j.carres.2013.01.024
コンドロイチン硫酸は1950年代頃より知られるようになり、主に関節諸症状の緩和剤や保湿剤として利用されてきました。欧州や東南アジアではSYSADOA(関節症にゆっくりと作用する薬)として認可され、日本でも医薬品として用いられています。また、作用が穏やかであることから、健康食品としても多用されている素材です。
その化学成分は水溶性酸性多糖であり、D-グルクロン酸と硫酸化されたN-アセチルガラクトサミンがβ1-3結合した二糖を一単位として、これが直鎖状に数十から数百個結合した高分子物質です。その分子中にヒドロキシ基やカルボキシ基、硫酸基などの親水性基を多く持つことから、水との親和性による保水性が非常に強く、軟骨の粘弾性を与える物理的役割を担っています。また、近年の研究によって、単に保水性やクッション性などの物理的機能だけではなく、サイトカインなど各種のタンパク質との相互作用などによって、極めて多様な生化学的役割を担っていることが解明されてきました。コンドロイチン硫酸をノックアウトしたマウスは生存できないことからも、その重要性が明らかであると言えます。
さて、生命維持に欠かせない成分であるコンドロイチン硫酸ですが、我々が食べても胃腸などの消化器官から出る消化酵素では分解できません。従って、食べても吸収されないのです。このことは、以前から指摘されてきた問題で、そのため経口摂取では効果が無いと言われる最大の原因となっていました。
我々の研究チームでは、2000年にエイ軟骨から高分子コンドロイチン硫酸の製造を始め、その課題を克服するべく2006年頃より、コンドロイチン硫酸の低分子化技術開発に着手しました。
高分子と低分子についてイメージできるように例をあげますと、私たちの日常生活でもっとも身近な高分子である多糖類は「デンプン」だと思います。デンプンはグルコースという糖が多数繋がった直鎖高分子です。このデンプンはヒトの消化酵素(アミラーゼなど)で小さく分解することが出来るため、最終的に低分子のグルコースとして腸管から吸収され、栄養素として利用することが出来ます。一方、同じグルコースが多数つながった高分子多糖類にはセルロースがあります。セルロースはヒトの消化酵素では分解することができず、食べたものはほとんどがそのまま排泄されます。すなわち、
消化酵素で低分子に分解できないものは、そのままでは吸収されないのです。
(デンプンとセルロースの例のように、糖鎖はその構成糖と結合様式によって、大きく性質が異なることがあるのです。)
もうひとつ例をあげますと、「お肉」があります。ブタでも鶏でも肉の主成分はタンパク質です。タンパク質は多種類のアミノ酸が結合した高分子物質です。ヒトの消化器官ではタンパク質を分解する酵素(ペプシンなど)を分泌できるので、高分子であるタンパク質を小さく分解して低分子のアミノ酸に分解することが出来、その結果、吸収して栄養素として利用することができます。
上記2つの例で示したとおり、ヒトが食べたものを吸収して利用するためには、すべて低分子化して分子サイズを小さくする必要があります。
ヒトが栄養素として利用するためには、「分子のサイズが小さい事」が絶対的な必要条件であるのです。
(例外的に高分子物質を体内に取り込む、エンドサイトーシスという機構がありますが、これは消化管から栄養素を取り込む機構ではなく、老廃物を排除する機構や抗原物質を取り込む免疫機構の一部であり、栄養素の吸収とは全く関係がありません。)
また、反応後の精製や粉末化というところでも、大きな課題を抱えていました。
なにしろ、世界中を見渡してもコンドロイチン硫酸オリゴ糖の大量生産を行った例が無いのですから、すべてが初めての経験でした。
また、反応後の精製や粉末化というところでも、大きな課題を抱えていました。
なにしろ、世界中を見渡してもコンドロイチン硫酸オリゴ糖の大量生産を行った例が無いのですから、すべてが初めての経験でした。
さて、コンドロイチン硫酸はセルロースと同じく、ヒトの消化酵素では分解できないので、これを腸管から吸収できるようにするにはどうすればよいでしょうか? 答えは簡単です。予め小さくしてやれば良いのです。とても簡単なことですが、残念ながらとても困難な事でもありました。セルロースはグルコースからできているので、もしこれを簡単に小さな分子に分解することができれば、食糧問題は劇的に改善するでしょう。なにしろ、雑草からでもグルコース(ブドウ糖)が作れるのですから。しかし、これまで多くの科学者がトライしてきましたが、雑草や木片からブドウ糖を製造している会社はありません。技術的には可能なのですが、コストがまったく合わないのです。
コンドロイチン硫酸を小さくする技術開発も同様に、コスト的な制約があり、これまで実験室レベルで実現していた方法で大量生産することは現実には全く不可能でした。そこで我々が希望を見出した技術が登場します。当時、北海道立総合研究機構で研究されていた、高温高圧の水だけを用いて加水分解反応を連続的に行う技術(マイクロ化学プロセス)です。そして2010年に、丸共水産(株)、北海道立総合研究機構、北海道大学大学院先端生命科学研究院が研究チームを作り、北海道経済産業局の支援を受けて、本格的な技術開発プロジェクトがスタートしました。北海道立総合研究機構からは工業試験場所属の、熱力学反応制御とプラント設計の専門家、と水産試験場所属の生物資源利用のスペシャリストたち、北海道大学大学院からは、糖質科学の世界的権威である研究チームが参画してくれました。
我々が採用したマイクロ化学プロセスは、高温高圧の水に物質を接触させて秒単位の反応時間で極めて精密に反応条件を制御できる技術です。しかも連続的に処理できるので、副反応が起きません。副反応とは、決められた反応条件と外れた条件での反応が起きてしまう事で、目的とする生成物ではないものが発生してしまう事です。すなわち、連続式ではないバッチ式反応では、目的とする反応温度に昇温するまたは反応後に常温まで冷却する工程で、必ず目的とする反応温度ではない時間が生じ、これが副反応による目的外精製物を生じさせる原因となります。ところが、マイクロ化学プロセスでは昇温冷却が一瞬で制御できるので、狙った条件での反応だけを生じさせ、副生成物が発生しません。このように優れた反応制御方法によって、コンドロイチン硫酸の低分子化ができると考えました。
とは言え、このマイクロ化学プロセスによる反応条件を見つけるために、膨大な試行錯誤を重ねました。制御するパラメーターがいくつもあり、それの組み合わせの中から最適なものを探し出す実験が延々と続きました。温度、圧力、反応時間、熱媒水と原液との混合比率、原液濃度、など多くの条件を変えては実験を行い、それを分析して評価することの繰り返しです。特にはじめは、コンドロイチン硫酸が分解してしまうのではないか、とか、別の物質に変わってしまうのでは?など、本当に正解にたどり着けるのかどうかも半信半疑といったところでした。
2006年に最初の実験をスタートしてから、実に6年後の2012年、ついに我々の研究チームは、コンドロイチン硫酸オリゴ糖の大量生産に最適な反応条件を確立し、特許を申請しました。